終戦記念日はいつ?終戦から何年たった?学んでおくべき戦争の歴史!
お盆が近づいてくると、一緒に近づいてくるのは終戦記念日ですね。
最近の日本では戦争経験者がほとんどいなくなり、戦争といわれてもあまりピンときませんが、お盆の日には「終戦記念日」を意識する人も多いのではないでしょうか?
しかし、この「終戦記念日」って、実は国によって日にちが違うんです!
日にちだけでなく、呼び方も国によって異なりますが、それは戦争の捉え方の違いとも呼べるでしょう。
知らないと恥をかくかもしれませんので、今回を機に「終戦記念日」について学んでおきましょう!
終戦記念日はいつ?何年たった?日本ではなぜこの日?
日本での「終戦記念日」は1945年(昭和20年)8月15日、というのは皆さんご存知でしょう。
1945年8月15日から70年以上経つことになります。
当時0歳児だった方が73歳、15歳だった方は88歳になり、主だった戦争の経験者は90オーバーとなります。
日本ではなぜこの日が「終戦記念日」かというと、この日が昭和天皇が「日本における戦争の降伏を宣言した日」となるからです。
全国にラジオの玉音放送で降伏宣言をしたというのは有名な話です。
この日は一緒に「全国戦没者追悼式」なども開催され、天皇皇后両陛下が献花する映像をよく目にします。
この式典は1963年(昭和38年)に政府主催で開催され、1982年(昭和57年)からは「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と定め、戦争で亡くなった人を悼み、平和を願う日とされています。
「あれ?ポツダム宣言を受諾した日じゃなかったっけ?」と思う人もいるでしょうが、実際にポツダム宣言の受諾した日は8月14日で、調印した日は、その後の9月2日です。
日本では9月2日を「敗戦記念日」と呼んでいましたが、あまりなじみがない人がほとんどでしょう。
他の国の終戦記念日はいつなの!?
それでは他の国々ではいつが「終戦記念日」なのでしょうか。
日本と交戦国だった連合国では、ほとんどがポツダム宣言に調印した日の9月2日になっています。
また、日本の支配下にあった国では、日本が降伏した8月15日としているようです。
9月2日
主だった国で言うと、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、カナダ、ロシア(2010年から)です。
呼び名は「対日戦勝記念日(Victory over Japan Day)」となっていて、特に祝日などにはなっていません。
ロシアだけは呼び方が異なり、「第二次世界大戦終結記念日」と呼ばれていますが、こちらも祝日にはなっていません。また、9月3日から9月2日に変更したのは、戦後処理における政治責任を逃れるためといわれています。
9月3日
ソビエト連邦(旧ロシア)、中華民国(台湾)、中国、
中国では「軍人節」や「抗日戦争勝利の日(2014年)」とされていますが、特に祝日などにはされていません。
8月15日
日本、韓国、北朝鮮
韓国では「光復節(こうふくせつ)」と呼ばれ、日本の支配下から解放された日であり、独立記念日となっています。
北朝鮮では呼び方は「祖国解放記念日」となりますが、意味や祝日などは同じです。
ちなみに、その他の第二次世界大戦の敗戦国では以下のようになっています。
- ドイツ → 5月8日
ドイツでは「終戦記念日」というよりも「ナチスからの解放の日」という意味が強いようです。特に祝日などにはなっていません。
- イタリア → 4月25日
イタリアでは、第二次世界大戦で降伏した日は1943年9月8日ですが、イタリア北部はナチス・ドイツに占領されていて、その奪還した日である1945年4月25日を「終戦記念日」にしているようです。
イタリアはとても複雑で、国としては降伏したものの、その動きを察知したドイツ軍に北部を占領され、南部からくる連合国との戦場になりました。
そのためイタリアの北部と南部でも認識の違いがあるようです。
戦争に降伏していても戦争状態だったために、主要都市を奪還した日が戦争が終わった日になったそうです。
さいごに
第二次世界大戦では最後まで連合国と戦っていた日本ですが、粘り強く辛抱強いという国民性が戦争が長引いてしまった原因の一つなのでしょう。
たくさんの国で本当に多くの人が亡くなる「戦争」というものを軽く考えても、ましては始めてはならないと思います。
敗戦国として被爆国として侵略国として、多くの悲しみの負の連鎖を生み出す「戦争」というものを考えてみてください。
今後、このような「終戦記念日」が増えないことを願ってやみません。